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「ハナミズキ」などの名曲で知られるシンガーソングライターの一青窈さんですが、実は昔、SPEEDや知念里奈さんのデモテープに入っている仮歌を入れっる、仮歌歌手だったと日テレ系の「1周回って知らない話」で告白。出演者たちを驚かせていたようです。

一青窈はSPEEDたちの仮歌歌手だった!仮歌歌手とは?

一青窈さんはSPEEDや知念里奈さんの仮歌歌手だったとの衝撃的な話ですが、「仮歌歌手」ってあんまり聞かないですよね。

 

仮歌シンガーとも言われたりするそうですが、私も初めて聞きました。仮歌歌手とは実際に新曲が出て歌手が歌う曲を覚えるために譜面に書かれた曲を吹き込む歌手の事です。

 

実際にアーティストがレコーディングするまえに、曲を覚える際に使うデモテープに歌を吹き込む歌手のことですね。

 

仮歌歌手には簡単なメロディーだけで臨機応変に楽曲をつかむ力があり、歌が上手くないと務まらないため、歌手として歌唱力がある人でないと務まらない仕事のようです。

 

一青窈さんはシンガーとして本当に歌が上手な方ですので、全く問題ないですよね。

一青窈はSPEEDたちの仮歌歌手だった!世間の反応は?

一青窈さんが仮歌歌手だったということについて世間の反応はどんな感じでしょうか?

 

歌手になるために専門学校を卒業しても本当に一部の人しか上がってこられない厳しい現状を書いている声が多かったり、一青窈さんと言えば音楽プロデューサーの小林武史さんとの不倫をフライデーされたりしていましたが、そのことについてのコメントが未だに多いですね。

シンガーを夢みてみても仮歌シンガーまでもたどり着けない人がほとんどなのよ。四年制の音大ならともかく、専門学校のボーカル学科出身なんて出世もできず潰しも効かずだよ


Yahoo!JAPAN ニュースより



一青窈のゴーゴーヘブン聞いてみたいわ

Yahoo!JAPAN ニュースより


レコーディング・ライブ・カラオケ機器におけるバックコーラス・仮歌
(ガイドボーカル)
・ハモリ等ってプロを目指す歌手の卵が結構やっているってことかな?


Yahoo!JAPAN ニュースより



SPEEDのメンバーたちは一青窈の仮歌を手本にレコーディングをしていたのか。
ただ、上原や今井は一青窈の私生活を真似するかのように不倫をしたのはよくなかった


Yahoo!JAPAN ニュースより

一青窈は仮歌歌手だった!生い立ちは複雑?壮絶な過去

一青窈さんのお父さんは台湾人、お母さんは日本人でハーフなのですが、お父さんは台湾の5大財閥のうちの一つ顔(イエン)一族の長男。父は戦前から戦後にかけて日本に長く滞在し、そこで日本人の一青窈さんの母と出会います。

 

もともと台湾で生まれた一青窈さんでしたが、その後、6歳の時に母と姉と日本に移住をしました。一青窈さんには女優の姉がいて、一青妙(ひととたえ)さんといいます。その後、一青窈さんが8歳の時にがんで亡くなり、お母さんも16歳の時に同じくがんで他界しました。

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16歳の時には両親ともいなくなってしまい、とても心細く悲しかったことでしょう。一青窈さんの歌に繊細な歌詞が多いのも、両親の死は影響しているのかもしれません。

 

その後一青窈さんは難関の慶應義塾大学にAO入試で合格。そこでK.O.E.というアカペラサークルに所属してストリートライブなどをしていました、その時にサークルの先輩だった現在ゴスペラーズの北山陽一さんと出会い、詩を見せたところ「君の詩は面白い!」と言われ「いくらでも曲をつけるから歌え」と大絶賛だったそうです。

 

すでに光るものがあって歌も上手で個性的な詩も書けた一青窈さんでしたが、ゴスペラーズの北山さんはこの時にすでに一青窈さんの才能に気が付いていたのでしょうね。

 

その後、SPEEDや知念里奈などの仮歌歌手をするなどの下積みを得てスカウトされ2002年26歳の時に「もらい泣き」でデビュー。この曲もみなさんご存知なくらいヒットしましたよね。

 

その後2003年には早くも紅白歌合戦に出場して、翌年2004年には代表曲ともいえる「ハナミズキ」が大ヒットしました。今や女性アーティストとして一青窈さんの名前を知らない人がいないくらいです。

 

一青窈さんは、産まれは裕福な環境だったとはいえ、台湾人と日本人のハーフとして海外で生まれ、物心ついてから日本に帰国。幼くして父親を無くして16歳の時には母もなくなってしまうという、けっこう複雑な過去をお持ちですね。ご自身の相当な努力があってここまで来たのでしょうね。

 

一青窈さんの歌詞は全て自分の実体験に基づいていると言われていますので、歌を聞いてみると、色々と切ない詩が多いですね。

一青窈は仮歌歌手だった!旦那の山口周平はどんな人?子供はいるの?

一青窈さんの旦那の山口周平さんは2歳年下のギタリストです。かなり有名なアーティストのコンサートやライブのサポートメンバーにも選ばれている実力派で、MISHAや今井美樹、倖田來未などのライブなどに参加しています。

 

一部の報道では一青窈さんのライブのサポートギターをされていたことがあって以前からの知り合いという間柄なんです。

 

 

一青窈さんと言えば音楽プロデューサーの小林武史さんとの不倫、略奪愛が有名で、未だにそのイメージがついてしまっているところは否めませんね。

 

小林武史さんはサザンの桑田佳祐さんやMr.Childrenのプロデューサーとしても有名な方で、数々のアーティストを生み出し、編曲などにも関わっている大変有名なかたです。

 

自身がプロデュースした「MY LITTLE LOVER」のボーカルのakkoさんと結婚していてその間に二人の娘が居られたのですが、一青窈さんとの不倫がフライデーに報道されてしまい、大ニュースになりました。

 

その後2008年に小林武史さんはakkoさんと離婚。不倫の上略奪婚というドロドロのイメージがついてしまいましたが、結局二人は2014年に破局。

 

その後半年足らずで現在の旦那である山口周平さんと結婚。しかもできちゃった婚なんですよね。

 

そのお子さんが山口周平さんとのお子さんなのか、小林武史さんのお子さんなのか?あまりに急展開過ぎて当時は話題になりました。はたして、真相は?

 

 

その後2017年7月に第2子を出産され、なんと2018年12月には第3子の妊娠が話題になっていましたね。一青窈さんは子だくさんの大家族にあこがれていてたくさんの子供がが欲しいそうです。

 

年齢的には42歳と高齢出産となりますが、母子ともに健康に過ごされてほしいですね。

一青窈は仮歌歌手だった!まとめ

一青窈さんは、なかなか壮絶な人生を歩んでこ来られた人というイメージがありますが、歌手としては割ととんとん拍子にヒットして最初から有名な歌手になられたと思っていたのに、仮歌歌手をされていたとは、けっこう下積みで苦労されているのですね。

 

しかし、仮歌歌手はまず、歌の実力がなければ務まらないので、深い意味の込められた歌詞をつくる才能とともに、デビュー前から歌も相当な実力だったと思います。

 

歌が上手で、独自の世界観を持っている歌詞も書ける一青窈さん。あらためて唯一無二の存在であると思いました

 

 

ハナミズキ。もう一度聞いてみようっと。

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