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「団塊の世代」という言葉を生み出したことでも有名な、作家の堺屋太一さん(83)が2月8日にお亡くなりになったとのことです。

 

堺屋太一さんはもともと通産省の官僚で、自身の体験などからリアルな視点で近未来の日本の姿などを書いた小説が日本の政治や経済などに与えた影響ははかり知れません。

 

ご自身が官僚時代には1970年の大阪万博の企画や実施に関わっていたというのは意外でした。堺屋さんがいなければ大阪万博は開催されていなかったのではないでしょうか?

 

世間の声は…


大阪万博成功の立役者である堺屋さん。
次回開催の大阪万博を見ることができなかったのは心残りかもしれませんね。
お悔やみ申し上げます。



歴史に照らして現代を読む視点は、ズバ抜けた才能がありました。

歴史を学ぶ重要性を私に伝授してくれた偉人であります。
ありがとうございました。



発想が柔軟で分析も的確で、テレビでもどんな発言をするのか、いつも注目していました。「なるほど」「はっとさせられる」ことを発言されて、他のパネリストが圧倒される場面を度々見ました。もちろん自分も。
自分が考える一番の違いはビジョンがあること。ほとんどのパネリストが目先の分析にとどまっているのを、もっと先の将来まで見通していること。それは歴史上の出来事などから、導き出していたりしていた。とても参考になりました。
このような方は、もっと長生きしてもらって、いろんな提言をして欲しかった。
今の解説者や野党は現在の問題点を指摘して批判するが、具体的にはどうするのかというのがないことが多い。


この人の経済の功罪が大きい。
官邸で安倍政権を支えていた人で、「外国人材」を多く入れるべきと提唱していた人です。
これからも、まだまだ外国人が急増して、貧富差の2極化に進み、外国人雇用・永住の米英仏独の二の舞を招いていくので生活が大不安です。

など、色々な意見がありましたが、やはり堺屋太一さんの作家という枠を超えたスケールの大きさ、経済界や政界など多方面に多大な影響力があったという事はみなさん感じていたところでしょうね。

堺屋太一さん死去。死因の多臓器不全とは?

今回堺屋太一さんが亡くなった原因とされる「多臓器不全」とは、よく聞く言葉ですが、どういった病状なのでしょうか?

 

多臓器不全は人間の体の中でも最も生命維持活動に重要な脳・心臓・肺・腎臓・肝臓などの臓器のうち2つ以上が正常に機能しなくなった状態の事を指します。

 

多臓器不全の場合治療は可能な場合もありますが、生命維持活動に重要な臓器が同時に2か所以上不全になるという大変な状況で死亡率は50%~90%と非常に高く、治療は非常に困難となるのが現状です。

堺屋太一さん死去。死因は何?堺屋太一さんのプロフィール

堺屋太一さんは本名を池口小太郎さんといい、大阪市の生まれです。1935年生まれの御年83歳でした。

 

東京大学経済学部を卒業した堺屋太一さんは1960年に当時の通産省に入賞して通産官僚となります。官僚時代も日本での万博開催を提案して地元の大阪で大阪万博を企画して、成功を納めました。

 

その後沖縄開発庁時代にも「沖縄海洋博」の企画なども担当してその後通産省を退官。

 

作家としては官僚時代の1975年に近未来の日本社会を書いた小説「油断」でデビューし。その翌年に発表した「団塊の世代」は戦後直後のベビーブームの際に生まれた子供たちを「団塊の世代」として多方面に影響を与えました。

 

この団塊の世代と言われる言葉を作ったのは堺屋太一さんだったのですね。団塊の世代はちょうど私などは親の世代がそれにあたるわけですが、日本の戦後の大量消費、工業化を担ってきた世代とも言え、良くも悪くも一番人口が集中していた世代ですね。

 

また、堺屋太一さんの名前は作家としてのペンネームですが、この由来は堺屋さんの先祖の商人が安土桃山時代に堺から谷町に移住した時の名前からとったものだそうです。

 

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また堺屋さんは作家としてだけでなく、1998年には小渕内閣の経済企画庁長官に就任して、第2次森内閣まで務めたり、各大臣なども兼任。また学者としても大学の客員教授などを務めたりしました。

 

政治に関しては、その後大阪府知事選挙の際に「橋本氏を知事にする勝手連」の設立に関わったり、大阪維新の会の支援団体の最高顧問に就任したりと、橋下徹氏や大阪維新の会のブレーンとされています。

堺屋太一さん死去。死因は何?団塊の世代とは?

団塊の世代とは堺屋太一さんが1976年に発表して大ブームとなった近未来小説の名前です。この小説の中でその後の日本の経済などを予想して4本のストーリーで書いたものですが、今読んでみても、なるほどと、結構納得させられる部分がありますね。

 

日本の戦後世代をけん引してきた戦後すぐから1949年くらいまでに生まれたベビーブーム世代の事を「団塊の世代」と堺屋太一さんが名付けたと言われています。

 

この世代は述べ806万ににもなり、ジーンズや、ミニスカートなどのファッションを取り入れ、団地に住むなど核家族化が進み、週末のレジャーやドライブなど戦後の消費文化をけん引してきた世代ともいえるでしょう。

 

その後高度成長期を社会人としてけん引して団塊の世代の人たちが社会の中で中堅となっていたころ世の中はちょうどバブル景気と重なり仕事に没頭する企業戦士的な価値観がまだまだ主流だったと言えます。

 

その後平成20年前後に一斉に定年退職を迎えた団塊の世代が年金受給世代になり、社会保障費の増大が日本経済の問題となっています。

堺屋太一さん死去。死因は何?未来予想の著書「平成三十年」

その中で書かれていた予想で、当たっているものとしては

 

・晩婚化が進む

・インターネットで注文すると指定の時刻に希望の品が届く→これなんかAmazonなどのネット通販でもはや今は当たり前ですが20年前にそのことを想像した人が何人いたでしょうか?

・首都移転は実現できず、東京の一極集中が続く→地方は衰退してますます東京の一極集中化に拍車がかかっているのが現状です。

・高齢者の大口就職先として、タクシー運転手、ビル清掃、喫茶の出前→喫茶の出前というのは実現していない感じですが、タクシー運転手や、ビル清掃は確かにあたっています。

・調理はテイクアウトか昼食で済ます→子育てを終えた主婦は特にそうなってきているような気がします。

・レアメタルの価格が高騰する西暦2000年を100とすると582→現在中国などで需要が高いレアメタルは当時に比べて価格が高騰しています。

 

さらに今後可能性がありそうなものとして

 

・インフレ

・税や社会保障費の国民負担率の上昇

 

まぁ。これなんて年々負担率が増えていて、少しぐらい給料が増えても生活はぜんぜん豊かになっていませんよね。

 

実際、どうなんでしょうか?

コンビニに行くたびに最近ではどんどん値段があがるか、お菓子もパンも量が少なくなっていることに気が付き、悲しい気持ちになってしまいます。

 

 

このままでは堺屋太一さんの小説の通りになってしまいそうで、怖いです。

堺屋太一さん死去。死因は何?まとめ

作家としてだけではなく、政治の政策面などでも日本経済に大きな影響を与えてこられた堺屋太一さんがお亡くなりになりました。

 

堺屋さんの洞察力をもって、昔から言われていた主に団塊の世代の高齢化とか、それに伴った社旗保障費の負担が増えていることや、今度の東京オリンピック後に景気が冷え込んでいよいよ日本経済が成り立たなくなるとか、予想されていますが、今一度堺屋さんの書かれた小説を読み直してみて、今後の日本経済の事をみんなで真剣に考える時が来ているのではないでしょうか?

 

あまり明るい未来は描けない気もしますが…

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